大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和60年(ネ)831号 判決

昭和六〇年(ネ)第一〇九七号事件控訴人 株式会社 新幹線ビル(以下控訴人新幹線ビルという。)

右代表者代表取締役 瀬戸三郎

右訴訟代理人弁護士 三川昭徳

昭和六〇年(ネ)第八三一号事件控訴人 箱根信用金庫(以下控訴人箱根信用金庫という。)

右代表者代表理事 田原儀一郎

右訴訟代理人弁護士 青木武

被控訴人 日東興業有限会社

右代表者取締役 秋山昭榮

右訴訟代理人弁護士 大井勅紀

同 露木茂

主文

一  控訴人箱根信用金庫の昭和六〇年(ネ)第八三一号事件による控訴を棄却する。

二  原判決主文第一項を次のとおり変更する。

1  被控訴人の控訴人新幹線ビルに対する主位的請求を棄却する。

2  被控訴人の当審における控訴人新幹線ビルに対する予備的請求に基づき、同控訴人は、被控訴人に対し、原判決添付別紙目録記載の建物部分から退去せよ。

3  控訴人新幹線ビルの昭和六〇年(ネ)第一〇九七号事件によるその余の控訴を棄却する。

三  訴訟費用中、昭和六〇年(ネ)第八三一号事件の控訴費用は控訴人箱根信用金庫の負担とし、同年(ネ)第一〇九七号事件についての訴訟費用は第一・第二審を通じてこれを三分し、その一を被控訴人の、その二を控訴人新幹線ビルの各負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  控訴人ら

原判決を取り消す。

被控訴人の控訴人らに対する各請求(被控訴人の当審における控訴人新幹線ビルに対する予備的請求を含む。)を棄却する。

訴訟費用は第一・第二審を通じて被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

控訴棄却

当審における控訴人新幹線ビルに対する予備的請求として、同控訴人は被控訴人に対し原判決添付別紙目録記載の建物部分から退去せよ。

第二当事者双方の主張

左記に付加訂正するほかは原判決事実摘示のとおりである。

1  原判決三枚目表九行目「全体について」の次に、「一部につき所有権を残部につき」を挿入する。

2  同枚目裏一〇行目「所有し」の次に「かつ占有し」を挿入する。

3  同四枚目表三行目から同六行目までを削り、そのあとに次を加える。

「よって、被控訴人は、控訴人新幹線ビルに対する主位的請求として、本件建物の敷地の借地権に基づく妨害排除として本件建物部分の収去を、控訴人箱根信用金庫に対し同部分からの退去をそれぞれ求め、また、当審において拡張した控訴人新幹線ビルに対する予備的請求として前記借地権に基づく妨害排除として本件建物部分からの退去を求める。」

4  同四枚目表九行目から同枚目裏二行目までを次のように訂正する。

「請求原因1ないし4を認め、同5は同控訴人が本件建物部分を所有しているとの点を否認し、その余を認める。」

5  同四枚目裏六行目から七行目までを次のように訂正する。

「請求原因1ないし4及び同6を認める。」

6  同五枚目裏三行目「五七年」を「五〇年」と訂正する。

7  同枚目裏七行目の次に、次を加える。

「更に、控訴人新幹線ビルは前記地権者からの委任により、その履行としての管理行為として立和建設株式会社に請負わせて本件建物部分を建築してその引渡を受け、その建築資金その他の経費は右委任に基づき控訴人箱根信用金庫と締結した賃貸借契約により同控訴人から得た保証金と前払賃料によって支弁され、残金を地権者に支払っているのであって、以上の点からしても、本件建物部分の建築については被控訴人の承認を得ているものである。」

8  同七枚目表三行目冒頭の「拠」を「遽」と訂正する。

第三証拠関係《省略》

理由

一  被控訴人主張の請求原因事実については、本件建物部分の所有権の帰属の点を除くその余の事実について当事者間に争いがない。

二  被控訴人は、請求原因5において、控訴人新幹線ビルが本件建物部分を建築した事実を主張し、右事実の法律効果によって同控訴人が同建物部分を所有するに至っている旨主張するが、右事実は右法律効果を生ぜしめるものとは解することができないから、この点に関する被控訴人の主張は、主張自体失当というべきである。その理由は次のとおりである。

民法二四二条によれば、他人の不動産の上に、何等の権原もないのに、その不動産の従としてある動産を附合させた場合、右動産は右不動産の一部となり、かつ一方において動産の所有者はその所有権を失い、他方において不動産の所有者は不動産の一部となった元動産の所有権を取得する。例えば、土地の上に、広告塔やガスタンクなどの工作物が建設された場合、これらが土地に定着していると認められるならば、これらの工作物は土地の一部となって土地所有者の所有物となってしまい、権原を有しない建設者側の注文者、請負人、材料所有者、資金提供者等々は、所有権を有することにはならないのである。この理は建物の建築の場合にも全く異なるところはない。建物と工作物とは、原則として、その建設過程は全く同一であり、いずれも土地の上に動産である建設材料を逐次定着させて行き、材料は定着の都度土地の一部となり、やがて完成に至るのである。建築途中の未完成建物は完成前は未だ建物ではなく工作物に外ならないから、土地の一部として土地所有者の所有に属するといわねばならない。そして、やがて建築中の未完成の建物が完成すると、名称は工作物から建物に変わるが、権利関係には何等の変動も起こることはないのである。

ところで、建物と工作物は、右のように、建設過程は同一であるが、完成後は前者は土地とは別個の不動産として取引の客体となり得るが、後者は依然として土地の一部としてとどまっていてそのままでは取引の客体とはなり得ないという取引上の差を生ずる(もっとも、工作物の場合も、それが占有している土地部分につき占有権原を設定した上で取引の客体とすることは可能であるし、建物もそれが占有している土地部分の占有権原を設定することなしに取引の客体とすることは実際上殆んどありえないであろうから、結局実際の取引においては両者の差は殆んどないといえるであろう。)。このように、完成後の建物が取引上土地とは別個独立の不動産として取扱われるという点に着目し、これを理由として、建物は土地に附合しないとする幾つかの考えがあるので、次にこれらについて検討することとする。その一は、建物は建築の当初から土地に附合しないという考えである。この考えは、建物建築のための材料は、権原の無い場合でも、建築開始後も土地に附合せず動産のままであると主張する。しかし、この説は、何よりも土地への定着という客観的物理的現象を無視する点で極めて不自然であり、その上、実際問題として、建物建築のための材料か工作物建築のための材料かの区別は特に建築の初期の段階では外観上判定し難く、結局は建築者の主観的意思によってそのいずれであるかを決する外はないが、客観的現象である附合の成否を主観的意思によって決めるという誤りを犯すことになる。その二は、建築中の未完成建物は土地の一部となり、土地所有者の所有に属するが、完成して建物になると、その所有権は建築者に移転するという考えである。この考えは、既に述べたように、建物は始めから建物として存在する訳では決してなく、動産である材料の段階から工作物である未完成建物の段階を経て最後に完成された建物の段階になるという建築過程の存在することを無視する考えであって、明文の規定のない限り、建物になったということが土地所有者から建築者への移転原因になる筈はないのである。また、完成した建物を土地とは別個独立の不動産として取扱うということは、取引の便宜のためにそういう制度を採用するというだけのことに過ぎず、このこともまた到底建物所有権の移転原因とはなり得ない事柄である。つまり、土地所有者は、建築中の段階においては、未完成建物付土地という一個の不動産を所有していたのであるが、建物が完成した段階になると、土地と建物の二個の不動産の所有者になるというだけのことである。これは、例えば、一筆の土地を二筆に分筆した場合、そのことにより一個の不動産の所有者から二個の不動産の所有者になるという現象と何等変りはないのである。その三は、建築中の未完成建物は、一旦は土地に附合して土地所有者の所有となるが、建築者は、潜在的に、これに対するいわば眠れる所有権を保有しており、建物が完成すると、潜在的所有権が顕在化していわば目覚めた所有権を有することになるという所有権復帰説とでもいうべき考えがある。この考えは、比喩としては面白いが、何故に建築者に所有権が潜在的に残るのか、潜在的所有権はこれに対する侵害の排除等の所有権としての権能は有しないのか、有しないとすればそういう権利かどうか分らぬものが建物の完成と同時になぜ目覚めて独立の所有権に復帰するのか、なぜ土地所有者はそれまで有していた権利を失うのか、未完成のまゝであるときは所有権は永久に眠ったまゝなのか、等々疑問が多く、法律論としては正確さを欠くというべきである。

ところで、無権原者であってもその建築した建物の所有権を保有するという説をとると、土地所有者は無権原者に対して建物の収去請求をすることができる訳であるが、実際上殆んどの場合強制執行をすることになり結局代執行費用を請求し得るに過ぎないことになるが、判示の説をとると、土地所有者は、建物を不要と思えば、自ら収去して無権原者に対して収去費用(代執行費用と同額であろう)を請求するか、又は建物を必要と思えば、無権原者に対して償金を支払えば足りるという選択の余地を有することになり、土地所有者にとっても無権原者にとっても又社会経済的にも望ましい結果が得られるであろう。なお、本件のように、無権原者が既存建物の増築という形で建物を建築する場合には、新築の建物部分は土地と建物のいずれに附合するのかという問題を生じ得るが、いずれにしても無権原者の所有となることはない。(本件においては、後に判示するように、《証拠省略》により認められる本件建物と本件建物部分の外観、接着状態、構造等を綜合して判断すると本件建物に附合することはないと認める。)。又、控訴人新幹線ビルは、本件建物部分は本件専有部分共有者全員の共有である旨主張しているが、右は否認の事情に過ぎないから、同控訴人の所有に属することを認めることができない以上、特にこの点について積極的に判断する必要はない。

以上に判示したように、附合により、本件建物部分の所有権はその敷地の所有権者に帰属し、控訴人新幹線ビルの所有に属しないといわなければならない。してみると、本件建物部分が同控訴人の所有に属することを前提とする被控訴人の控訴人新幹線ビルに対する建物収去を求める主位的請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

しかし、被控訴人主張のその余の請求原因事実によれば控訴人らに対する退去請求は理由があるので、次に控訴人らの抗弁について判断する。

三  まず、抗弁1(適法権限の抗弁)について判断する。この点については、当裁判所の判断は、原判決九枚目表八行目から同一七枚目表三行目までと同一であるからこれを引用する(ただし、同九枚目裏一〇行目の「前掲乙第一号証」を「成立に争いのない乙第一号証」と、同一〇枚目表七行目の「前記三判示の事実に」を削り、同一二枚目表二行目の「建築」を「建坪」と、同一二枚目表三行目の「家賃額」を「家賃月額」とそれぞれ訂正し、同一二枚目表九行目の「百貨店」の次に「その他数名」を挿入し、同一六枚目表一〇行目の「右の記事は、」の次に「証人早野正夫の証言によれば」を加え、同一六枚目裏一行目の「ものであって」を「ものであることが認められるから」と訂正し、同一七枚目表一行目の「いないこと、」の次に「被告会社が地権者の委任により建築し賃貸したものでもないこと、」を加える。)。

なお、控訴人新幹線ビルは地権者が本件建物部分を建築することを同控訴人に委任したのであり、その履行としての管理行為として同控訴人が立和建設株式会社と請負契約を締結した旨主張するが、前判示のとおり、これを認めることはできない。

四  抗弁2(控訴人箱根信用金庫の適法権限の抗弁)については、抗弁1が理由がない以上、理由がない。

五  抗弁3(権利濫用の抗弁)については、当裁判所も理由がないと判断する。その理由として、まず、原判決一七枚目裏二行目から同一八枚目表七行目を引用する(ただし、同一七枚目裏四行目の「第一五号証の一ないし三」の次に「丙第四号証の一ないし三」を加え、同一七枚目裏五行目の「に前示一、四の事実」を削る。)。しかし、前示三に判示した事情の下では、被控訴人の本訴請求をもって権利の濫用に当るものと解することはできない。

六  以上に判示したところによれば、控訴人らは被控訴人に対し本件建物から退去する義務がありこの点に関する被控訴人の請求(控訴人新幹線ビル関係では予備的請求)は理由がある。

してみると、原判決中、控訴人新幹線ビルに対する主位的請求を認容した部分は不当であるからこれを取り消し、その余は相当であるから、控訴人新幹線ビルの控訴は右の限度で理由があるがその余は理由がなく、また、控訴人箱根信用金庫の控訴は理由がないので、訴訟費用の負担につき民訴法八九条九二条九三条九五条九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武藤春光 裁判官 菅本宣太郎 秋山賢三)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例